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社内失業中 - カウンセラー再登場
Tue.26.08.2014 Posted in 未分類
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始末書を書かされた後、私に対する社内の雰囲気が微妙にこれまでとは違ったものになりました。

誰も私と口をきこうとしないところは序の口でした。
私が担当していた仕事も、%田さんが来てからは徐々に無くなっていったのですが、始末書事件をきっかけに、ほぼ皆無となってしまいました。

一番の大きな仕事だったF社の件、それはたとえば一緒に資材調達先を回るような仕事もあり、普段のコレスポンディングもあったのですが、%田さんが来た後、突然担当を外されてしまいました。
そしてF社がわが社との提携を完全解消した後、私の仕事は完全に無くなってしまいました。

%田さんに何度も掛け合いましたが『のれんに腕押し』。
その上の職位の者に相談しようとすると、取りつく島も無く。

たまりかねて労務管理者に相談しましたら、例の『カウンセラー』が速攻でやってきました。
彼の言うことは相変わらず私には理解しがたい内容だったのですが、要約すると、以下のような内容でした。

・すべてお前が悪い。理由?根拠?どこを直せばいいかって?そんなことを求めること自体、反省していない証拠。

・お前は入社して何年?20年?じゃあお前が今の状態から普通に仕事を得られるようになるまでには、ちょうど20年かかる。それまで我慢するしかない。

・本当に仕事がほしいのなら、まず一人で全社の草むしりや清掃をして誠意を示すことしかない。

・心理テストを受けろ。(受けた結果)やる気はあるし一応スコアはいい。ではそれをきちんと生かせてないのは、おまえの能力不足。

・自分は社長の友人だから何人も首を飛ばそうと思えばいつでもできる。
しかし自分はただのカウンセラーにすぎないので、ボージョレ猫に仕事を与えろと上に頼む権限はない。どうすることもできない。

・おまえはこの会社が始まって以来、史上最大に会社に迷惑を与えた人間だ。そんな人間は普通クビだけど、この会社は優しいのでお前のような奴でも飼ってくれている。給料はもらえるんだからつべこべ言うな。その代り何も求めるな。

・お前にさせる仕事は、無い。お前は仕事をしてはいけない。仕事をする資格などない。


わがままだと言われても、構いません。
本当に、もう本当に本当にうんざりしました。
彼と話せば話すほど、気が狂いそうになりました。
自分は犯罪者並みに悪い人間だったのか?
自分の心身がだんだんと荒んでいくのがわかりました。


労務管理者には、
『もう彼と話したくない。自分の気持ちが正しい方向に保てるか、自信が無くなってきたから』
と何度も言いました。
しかし2週間に1回は、カウンセラーが来て『ボージョレ猫と話したい』と労務管理者に申し入れをしているようでした。
しかし、
『そんなこと言わないで、頼むよ。あの先生は口は悪いけど、ほんとうにボージョレ猫さんのことを心配しているんだから。悪気はないんだよ、ついついあんな口調になってしまうだけで、本当はとてもピュアで熱心な人なんだからさ』

ピュアで熱心・・・私はあのカウンセラーのことはとてもそんな風に思うことはできませんでしたが、それって私の心がひねくれているから?

2週間に一度、繰り返し繰り返し、カウンセラーの私に対するアドバイス(という名の非難)を聞くことは、もはや拷問でした。

私は弱い人間です。
回を重ねるたびに、だんだんとカウンセラーの言うことが本当のことに聞こえるようになり、いつしか自分が何の価値もない、生きているだけで迷惑な人間に思えてくるようになりました。

労務管理者とカウンセラーのほくそえんでいる顔も、同時に目に浮かぶようになりました。
考えたくはないのですが、たぶん・・・自分をダメなやつだと自信喪失させ、辞めさせるための計画なのでは。
そんな思いさえよぎるようになってきました。

この20年、会社を信頼し続けてきたのですが、今、すべてが崩壊していくのが見えました。




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社内失業はこうして始まった 2
Tue.19.08.2014 Posted in 未分類
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『説明しろって言われても・・・』
突然の社長の激高に、私は唖然として立ち尽くすしかありませんでした。


その日は、フランスから数名の訪問者が来社しました。
その会社(仮にF社とします)のCEOと取締役、総勢3名。
わが社はF社に長年、技術供与を行ってきました。
わが社の技術をベースに、小さな片田舎の町工場にすぎなかったF社は、この20年でグローバル企業へと成長していきました。
これまでの私なら、F社とのトップ会談の手配や議事進行などをすべて一人で取り仕切っていたでしょう。
過大評価ではなく、私はF社の首脳や担当者たちに信頼されているという自信があります。

しかし今回は、%田さんがすべてを取り仕切ることになりました。
先の休職から復帰して以来、仕事関係の情報は全てが%田さんのところで止まり、私のところに全く入らなくなっています。
そもそも%田さんから言いつかった簡単な事務仕事をする以外は、何もしてはいけないことになっていましたから。
当然今回も、F社の来日など全く聞かされていませんでした。

社長が再び吠えました。
『F社には貴様が入れ知恵したのか!?』

『・・・何のことですか?』
全く訳が分からないまま、そう返すのが精いっぱいでした。


労務管理者がやっと助け舟を出しました。
『まあまあ社長。ボージョレ猫さんは、F社が来ることは今朝、知ったんですよ。そうでしょボージョレ猫さん』

『・・・はい、そうです。%田さんに書記をするように言われたのは今朝で、それ以前のことは何も・・・』

社長と側近たちは顔を見合わせました。


事の顛末はこうでした。
F社がわが社を訪問して第一声、
『お宅との提携は全て解消したい』
と声明したそうです。
びっくりした社長が理由を尋ねました。

その答えが、
・貴社との提携契約は今年が満期だが、もはや延長する理由が無くなった。
・貴社はわが社(F社)に無断で、F社が紹介した資材会社と取引した。これはF社に対する背徳だ。
・これまではフランス語のわかるボージョレ猫がF社との窓口として、トップ会議の手配や議事録作成もすべて行ってきた。それなのに急にボージョレ猫は表に出なくなり、フランス語も外交業務も何もわからない%田が出てくるようになり、双方の意思疎通がスムーズに行かなくなった。
・これは貴社が我々との付き合いを続けていきたくないという暗黙の意思表示だと我々は受け取った。

そう言って、F社の人々は社長たちが止めるのも聞かずに席を蹴ったということです。


こちらも唖然とするしかありませんでした。言葉が出ません。
%田さんが来る前までの、F社とのやり取りや行き来をした記憶が『思い出』として蘇りました。
わが社とF社との長い歴史は、いったい何だったのでしょうか?
私の前任者たちがF社との関係を維持しようと一生懸命だったのを、私は身近に見てきました。
彼らの努力は何だったのでしょうか?

企業同士の関係も、人間同士と同じく、信頼が崩れる時は、一瞬なのです。

社長の灰皿が飛んできて、私は我に返りました。
彼のすごい叫び声がしましたが、私はもはやその言葉が理解できませんでしたし、聞いてもいませんでした。

『始末書書けよ!!始末書!知ってんだろ!?ボージョレ!聞いてんのかよ!!!』
次に我に返ったのは、その言葉を聞いてからでした。

『始末書・・・?なぜ?』
『いいから書けって言ってんだよ!!貴様が書かなきゃ誰が書くんだよ!?』
『なぜ私が書くのですか?何のために・・・?』
『今回のF社の件、誰が責任を取るんだよ!?』

再度、唖然とするしかありませんでした。
ことの経緯を何も知らない私が責任を取る?
私は理解力が悪くなったのでしょうか?


口がきけない状態で固まっている私に、労務管理者が言いました。
『ボージョレ猫さん、ここは空気読んでよ。F社の件、%田さんや社長のミスでしたと言うわけにはいかないでしょ?
長い物にはおとなしく巻かれることも大切だよ。誰もあなたがF社の件ミスったわけではないことは知ってるからさ。
なんならこちらで代筆してもいいよ?そうしようか?』

『書くのか書かんのか!!もし書かなかったら、ボージョレ!この会社に居られると思うなよ!!!
返事せやーーー!!!』



”始末書 私は自らのミスにより、F社との信頼を損ないました。これはひとえに、私が人間として未熟であり、社内常識をわきまえず、気付きが足りず、挨拶の声も小さいからであり・・・”

今もこの文面を思い出すと、屈辱感と自分自身に対する腹立たしさとで、目の前が暗くなりそうです。

会社に対する忠誠心が一気に薄れだしたのは、この頃からだったではないでしょうか?




休職 その2
Mon.04.08.2014 Posted in 未分類
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今日も、自分の休職から得た経験を書きます。
自分自身の狭い世界から来る、拙い経験にすぎないことを強く祈りたいのですが・・・

メンタル不調で休職というと、社内の誰もが心配してくれるでしょう。
しかし社内の人は基本的に信用できません。
心配するふりをしながら休職者を陥れ、早く追い出そうとする人々が混じっています。
それも思いがけない人々が、想像以上の数で。

「わが社はメンタルヘルスに理解のある会社だから」
それならよいのですが、それは案外、株主や世間一般に対するポーズかもしれません。
会社の人々の大半は、あなたがメンタル不調で休職するとなると、親切や心配そうにしながらも、どこかで足を引っ張ってくる、そのくらいの気持ちでいたほうが良いと思います。

休職中、気分転換に旅行や外出はいいと思いますが、極秘裏に行動するほうが無難です。
損得抜きの、かけがえのない親友が外へ連れ出してくれるかもしれませんが、人のいるところで談笑などしないほうがよいでしょう。
一日中しくしく泣きながら部屋の中にこもっていると見せかけておいたほうが、後々、得です。
窮屈ですが・・・。

会社の人間関係の大半を占めるものは、『嫉妬』。
人事査定も出世競争も企業秘密漏えいも不祥事も、その根本には嫉妬の感情が強く作用しています。
サラリーマンは世界で一番嫉妬深い人種だと言えるでしょう。

ですので、休職者をどこかで見かけると、
「あいつは休職するとか言いながら会社をサボって遊んでいる、許せない」
と、勘違いする輩が大勢現れます。
仕事大好きを標榜する人間の化けの皮が剥がれる瞬間です。
あるいは、彼らはメンタル不調の辛さが理解できない、人の心に寄り添えない輩です。
他人を見てとやかく言うよりも、自分のことをちゃんと見ろよと言いたいところですが、
そんなレベルの人間がひしめきあい、足を引っ張り合うのが、サラリーマン社会というものです。
愚かしい世界です。しょせん社畜は社畜です。

面倒なのは、『あいつだけ遊びやがって』というゆがんだ感情が、”鬱は甘え”だの”仕事に集中してたら鬱になる暇なんか無いはず”などなどの精神論に化け、次いでコンプライアンスだの社内風紀だの大義名分に化けた時です。
そうなったら非常に厄介です。

そういう連中に隙を与えないためにも、休職中は用心して行動することをお勧めします。

休職
Tue.29.07.2014 Posted in 未分類
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自分の経験から言うと、鬱または抑鬱症状の場合、1ヶ月の休職など気休めにも治療にも何もならないと思いました。
1ヶ月の間は、まだ心身が会社とともにあります。
なぜ他人は仕事してるのに、自分は1ヶ月も休むんだろう、自分も休んだ分を取り戻さなくては!
少なくとも1ヶ月は、そんな気持ちでいっぱいになって、気が焦ってばかりで空回りしてしまいます。
今は休む時期だから、ゆっくりしてよと周囲が言っても、わかりません。
会社から完全に心が離れて自分自身を取り戻していくのには、やはり3ヶ月はかかるのではないかと思います。

さて3ヶ月や6ヶ月休職できたとして、復職します。
会社の復職プログラムが万全で、元の職場も受け入れOKな会社って、実はそうそう多くないのが実情なのかな?と思います。
元の職場、その会社自体、あるいは業界がどれだけメンタルヘルスに理解があるか。それに大きく依存すると思います。

パターン1
復職者は徐々に調子を取り戻し、無理なく働ける。これが最も理想的なパターンです。現実を見るに、最もラッキーなのだと思います。

パターン2
良心はあるのかもしれませんが、会社も職場も、復職者をどう扱ってよいかわからないので、当たり障りのない仕事を与えて遠巻きに見る。
実際はそのような職場が最も多いのかもしれません。
しかし復職者は、自分は厄介者扱いされている、もう第一線には戻れないのだとネガティブな思いやフラストレーションを募らせ、鬱が悪化するか自主的に退社するか。
良心的なのはうわべだけで、実は会社は復職者を辞めさせるための確信犯なのかもしれません。
実際はそうでなかったとしても、誤解を受けやすいことで、会社としては最も損するやり方でしょう。
「当たり障りのない仕事しか与えない」と書きましたが、その度合いによっては、パワハラの「わざと仕事を与えない」あるいは「能力に比べ難易度の極めて低い仕事しか与えない」ケースに該当します。
おかしいな?と思ったら(たとえ鬱的な被害妄想かどうか自己判断に迷ったとしても)、日々の記録を残しておくことをお勧めします。

パターン3
最悪なのは、休んでいる最中から会社を辞めるように圧力をかけたり、あなたにはこの会社はやっぱり向いてなかったんだよと何度も吹き込むこと。
メンタルヘルスに無理解な、精神論がまかり通る会社は得てしてこのパターンです。
私の場合もこのパターンに該当するものでした。
このパターンは明らかな法律違反です。圧力のかけかたによっては、裁判に持って行ってもよいでしょう。
できるだけ詳しく、日々の記録をとっておき、人事や直属上司と話すときも全て録音するか、メモや日誌などの記録をとっておきましょう。
次の就職先が見つかった時点で、そんな会社とはさよならしましょう。

ひとつ言えることは、心を病んでまでやる仕事などありえない、ということです。

予言の書
Mon.21.07.2014 Posted in 未分類
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2012年までの記事では、社内で受けたパワハラと、それがもとで社内失業になったプロセスを書きたいと思っていました。
結局、中途半端に終わりましたが。
過去形のことを書くわけですが、つらい思い出ですので、思い出していくと次第に鬱になっていきます。
これがとても怖かった。
『兄の死』を書いたのも、書きながらだんだん鬱傾向に堕ちていく自分と精いっぱい闘かったつもりでしたが・・
パワハラや社内失業の具体的なことは、書けずじまいでした。


『言霊』とでも言うのでしょうか?
2012年の記事で書こうとしていたことが、今、そっくり再生されてしまいました。
ネガティブなことを何かに書くと、それが現実となって自分に降りかかる。
その実現力に恐怖すら感じています。

今の会社も、相当にパワハラが酷いと思います。
ある意味、前の会社以上でしょう。
考えられる原因としては・・
- 余所者を嫌う体質
- 蓄積する社内的問題で、皆が鬱屈した気持ちを抱えている。
それが弱い立場の者へ捌け口となって現れるのでしょう。

入社早々から辞めるように言われたり、ひどい言葉で罵倒されたり、自分の道具を壊されそうになったり、人格を否定されたり。
数え上げるとキリがありません。
それは入社以来、今でも続いています。
詳細は書けませんが、命の危険を本気で覚悟したこともありました。



ですので、前の会社そして今の会社でのパワハラについては、あまり事細かに書かないほうがよいのかもしれません。
書くのなら、もう少し心が強くなって、エネルギーが出てから。


今の私は、感情や思考の自由さえも、まるで何かに奪われてしまっているようです。
理不尽さに対する怒りさえも出てきません。
このままやり過ごせばいい、聞かないで無視すればいい・・とばかりに、
全面から向き合って戦うということさえも避けようとしています。
それが相手を、余計に苛立たせることはわかってはいるのですが・・・


ただただ、『疲れた』の一言しかありません。

他人に向き合うことに疲れた。
コミュニケーションを取ることに疲れた。
会話に疲れた。
理解することに疲れた
・・・・

今の私には、力を振り絞っても、それらのエネルギーが湧いてきません。
毎日毎日疲れた状態で会社へ行き、パワハラを受けてそれを静かに自分の中で溜めこんで帰ります。
溜めこまれた負のエネルギーは行き場をなくし、私の心身を蝕んで行きます。
これではよくないと自分ではわかってはいるものの、それらを外に押し出す気力すら残っていない。


土日は引きこもっています。
それが悪いこともわかっていますが、買い物や散髪にさえも、出かける気力が出ない。
ベッドの中でごろごろしながら、ウィークディに会社で受けたパワハラを思いだし反芻し、再び静かに怒りを溜めこむことで休日が終わってしまいます。
やめようと思ってもやめられない。


ベッドの中で思ったのは、やはり自分はどこに行っても苛められる体質なのだと自覚しました。
それは幼少期から培われた性格もあるし、もう一生治らないでしょう。
なので、サラリーマンをやっている以上は、パワハラとは縁が切れそうにない。
努力すべき点があるとしたら、少しでも心身への悪影響や負担を軽くすることくらいでしょう。

『命の危機』に遭遇して以来、自分を大事にする方向に、考えをシフトしていこうと思います。

再開
Sun.20.07.2014 Posted in 未分類
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2年以上、記事をお休みしていました。
今日と明日という限られた時間を生きることで精いっぱいだったからです。
過去のことを振り返る余裕さえも、持つことができませんでした。

あれから私を取り巻く環境は、大きく変化しました。

その後、別の会社からスカウトされ、転職しました。
転職先は大手優良企業。
年収もかなり増え、傍目にはステップアップなのかもしれません。
しかし実態は、前の会社よりも古い労働観を持つ会社でした。
それがわかったときは、既に遅し。
ブラック労働の果てに、生命の危険にさらされるところまで行ってしまいました。

それでも今、私はなんとか今の会社にいます。

『自分の仕事ぶりや能力を認められたい』
『自分のこれまでの実績を否定しないでほしい』
『仕事ができる人だと評価されないと、恰好が悪い』
『この会社で認められないと、もう後が無い』 etc・・・

当初持っていたそれらの気持ちは、きれいに捨てました。
それらにこだわると、自分の命を縮めるだけだと気付いたからです。

今の会社での私の評価は、
『鳴り物入りで入った割には使えない人材』。
部署内での人事評価は、最低ランクです。
でもそれで良いのです。
期待されないことは、とても楽なことです。

私達は働くために生きているのではないのです。
お金が必要だから働いているだけです。
会社や上司を喜ばせるためではありません。
自分の命を犠牲にするなんて論外です。

一つ不満があるとしたら、仕事がまったく面白くないことでしょうか。
たとえば、メカニックを20年やってきた者が、なぜか全く畑違いの経理部門に配属されたことを想像してみてください。

これからの私は、仕事が無くて悩むことはないと思います。
むしろ、仕事が減って自分の時間が持てることは、ラッキーだと思わなくてはなりません。
自分なりの労働観を、少しずつ、淡々と綴っていければと思います。


Tue.08.05.2012 Posted in 未分類
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長い長い間、更新が止まってしまい、申し訳ありませんでした。

前の記事では、兄の死の顛末を書いていました。
兄が亡くなった瞬間のことに差し掛かった時、涙が止まらなくなり、精神的にとても不安定になってしまい、そこから前へ進めなくなってしまいました。
情けない話です。
兄の死からはかなり経っているのに、まだ引きずっている自分がいました。

ブログを休んでいる間、いろいろなことがありました。

ついに退職勧奨を受けてしまい、仕事を取り上げられ、完全に社内ニートになってしまいました。
今現在も社内ニートのままです。

『会社はもう私のことを不要だとはっきり言った』
この現実を前に、今後の身の振り方について必死に考えました。
しかし、折悪しくリーマンショック後でもあり、転職しようにも転職先は見つからず・・・
障碍者年金の受給、副業、資格を取って独立開業・・・などなどいくつかの選択肢も浮かびました。
社外の心理カウンセラーや、特定社労士事務所で話を聞いてもらったりもしました。


とりあえず最も現実的なのは、会社に居座り続け、給料泥棒となることだという結論に達しました。

ですが、定年まで完全無欠の給料泥棒として生き続けるには、かなり長いです。
それまで耐えられるか?
それよりも、仕事をしない自分自身に納得できるのか?

葛藤は尽きません。

給料泥棒としてきれいに割り切り、プライベートだけを考えて生きられるのなら、どんなにラクなことでしょうか。
私と同じような目に遭いながらも、趣味に充てるために給料を稼いでいる人も世の中には多くいます。
私もその一人にならなければ。
『仕事をすること』に未練を持たず、資本家から掠め取って生きることに専念しようと、何度も何度も頭を切り替えようとしましたが・・・

これを書いている今現在も、切り替えはうまく行っていません。
こういうところが、経営者に付け込まれる原因なのではないでしょうか・・・

今日、このブログのタイトルを
『社内失業者の憂鬱』
と変更します。
『働いても、ムダ』でも良いのですが、本当の私は、もとのように働きたいのですから。
リタイアするとき、自分のこれまでの働き人生が本当にムダだったのかどうかが判るでしょう。

兄の死のことや、退職勧奨のこと、その後の道のりについて、つたないながらも、これからまた少しずつ書いていきたいと思います。



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